2026/01/17
暗闇を抜ける
語学の日。今週は外的要因で勉強の時間を捻出できなかったのが悔しい。またもや憶えていたつもりの単語達がぽろぽろと抜けている。

昨今のトラブルについて熟考、膿を出す時期ということにした。未来のために色々考え直そうと。縁にも寿命があるし継続には努力が必要。その努力ができない人とは相容れない。見ている世界が違う人に話が通じる訳がない。棲み分けは大事、そう考えたらすっきりした。すっきりがてらレコーディング動画を編集して公開。顔が苦しそうで笑えた。まばたきでも音程を取っているのだろうか。

私の親は80代後半。となると、私も80代まで弱々しくも生きる可能性が高い。これからの20年くらいを心穏やかに、自分の理想へ向かって創作を続けながら過ごしたい。そのためには、なんとなくや馴れ合いでは切磋琢磨できない。公私ともに生活を整えよう。

「猿/京極夏彦」を読みながら寝落ち。

2026/01/16
ぬすっとどに装備を盗まれた気分
電車が止まっていることに駅へ行ってから気づいた。状況分からず、タクシー乗り場大混雑。アプリで何とか予約できたけれど、往復ともに道路も混雑で大変だった。

ラジオ収録時、つい最近の頭痛の種について話し、共感で少しは楽になる。盗人にも三分の理という言葉が浮かぶ。盗人の内部でどんな自己正当化が行われているのか怖ろしい。きっと三分どころではないだろう。多方面での対策を考えることが呆け防止に繋がるかもしれない。無理矢理ポジティブに考える訓練。

法令を振りかざさなくてもと色々尊重してきたが、はっきり示さないとわからない人もいる。私の人情をそこに投じてもブラックホールに吸いこまれるだけ。善性を持ち合わせない人間についての解像度がまだまだ低いなと思った。

「縄文とケルト/松本武彦」を読む。史跡がというか石が見たい。たぶん現実逃避。あんみつ食べたい。

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2026/01/15
限界と境界
部屋が散らかってきた。だいぶ疲れている。くよくよしていても仕方ない。現時点で最良の着地点を目指せば、方向は時代の流れが示してくれるだろう。

8年ぶりくらいの友達とランチ。色々あるって話、お互いに。それぞれの荷を背負って己の道を行くしかない。最終的には、呆けたくないね最後まで自力で生活したいよね…という着地点だったのが50代っぽい。

帰宅してから作業再開。体調に自信がなく近々の旅行をキャンセル、面白い旅程だったのに残念。またいつか。体調が上向いたら、気分を変えるためにも暖かい場所へ行きたい

本日の読書「古墳とはなにか 認知考古学からみる古代/松本武彦」。今、古墳に感じるこのときめきは現実逃避?

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2026/01/14
頭痛と溜息
原稿を書く。文章を書くのが遅いのでとても時間がかかるのに、今日は経理の打ち合わせ。経理の後は脳がなかなか切り替えられない。なるべく避けるようにしている夜間の作業もやむを得ない。肉まん作りという今年の目標が遠ざかる。

どうしたことか今週と来週がとても忙しい。その上余計なトラブルの処理が重なり、それを処理したとて何も生まれず諸悪の根源から遠ざかるしかなく、まさに理不尽の一言。親切心というものが、いかに人を増長させるのかの実験だったと思うしかないのだろうか。

体調が怪しくなってきた。丸1日どこかで休みたい。

「アガサ・クリスティー百科事典 作品・登場人物・アイテム・演劇・映像のすべて/数藤康雄編」。便利だしコラムも楽しい。

2026/01/13
仲間感出しての搾取
1月1日に法改正、下請法から取適法へ。発注側受注側、両方の立場で法令を遵守する所存。世の中には、知り合いは値切って支払い渋って、とことん安く使わないと損と思っている人間がいる。相容れない人達とは距離を置くのみ。似た者同士で食い合って欲しい。Do as you please、次なんてもうないから。

どうして屑人間というのは、こちらが礼儀正しく人として接していると図に乗って、さらなる悪行を重ねてくるのだろう。だからこそ屑なのか。人として接してはいけないのだろう。

負のエネルギーを燃やして、素敵なメロディーを作ったので自分を褒める。新曲も書き溜めてアルバムへ向かう。不本意な関わりに時間を使うのは勿体ないけど、燃料として活用する所存。降りかかる災難を経験値と考えて、今を楽しく生きたい(そんなこんなでここ数日、頭痛に悩まされている)。

昨日寝落ちた「隠居おてだま/西條奈加」の続き。以下登場人物の台詞引用。

“こちらさまに顔向けできる立場にないことは、重々承知しています。詫びを申し上げることすら憚られる。己の不義理と不始末は、肝に銘じております”

心からの謝罪の気持ちがあったら「詫びを申し上げることすら憚られる」だろう。謝ることで自分の気持ちを軽くしようなど烏滸がましいと。物語の世界にはちゃんと詫びる気持ちを持つ人間が生きている、よかった(そして Do as you please を作っておいて本当によかった)。